Photo Album 2001

様々な活動の様子や,その間に垣間見た被災地の風景などを集めてみました。
2001年年の分はここから。

阪神・淡路大震災6年の日に:
At the 6th anniversary of the Great Hanshin-Awaji Earthquake

6年もの年月を経てなお生活再建が未完となっている一方,世紀の変わり目を利用しての幕引きがムードがつくられようとしていたり,記念行事のイヴェント化が進む中で,それに抗するかたちで,市民主体の様々な取り組みがなされたことは意義深いといえよう。

2001年1月16日の昼に東京を出発,東名高速バス・近鉄・阪急を乗り継ぎ,三宮に着いたのは23時だった。多忙な平日にも関わらず,神戸・大阪・名古屋・東京など遠近各地から,この時をこの場で過ごすため,多くの仲間が時間をやりくりして集まった。ある被災者をして「寒さが震災を思い出させる」と言わしめた,例年以上の冷え込みのため,一時「パルレWAうえの」へ移動。未明再びテント前に戻り黙祷を捧げた。

逝きし者を忘れない:We never forget the Passed Away


鎮魂のローソク

前日(16日)の晩から,三宮・フェニックスプラザ前でテントを張り,鎮魂のローソクを道行く人に灯してもらうよう呼びかけたり,テントの中で語りあったりする。被災者・社会運動家・ジャーナリスト・ボランティア仲間らとの再会の場でもある。


震災の時刻(17日午前5時46分)に黙祷。

マスコミ報道の”定番”:Patterned report by mass media

報道各社おきまりの映像ソースも一応見ておこう。



テレビなどのマスコミにとって「絵になる」題材の筆頭は,やはり三宮東遊園地のロウソクを灯した竹筒だ。犠牲者の鎮魂を祈って寒い中灯していく人も多い。朝のニュース映像でレポーターのバックに映し出されたのがこれ。


雪像のレイアウト&デザインも新たなものに。




夕方にも再び点灯される。「1.17 KOBE」の文字が浮かび上がる。


夕方,JR新長田駅南口にて。

激震地にして,再開発事業のため生活再建が厳しい長田区の報道も,今なお残る震災の爪痕からこうしたものへシフトしている。


左)追悼・連帯・抗議の集い。夕方・神戸市役所前。
右)太鼓演奏・JR三宮駅前。独自のイヴェントも多い。

新世紀に持ち越された生活再建:
Reconstruction not finished until the New Century

少し歩けば,今なお生活再建が終わっていないどころか,手つかずの所も少なくない。


このあたりで一番早くに再建したという喫茶店「カーナ」。

ここで,かつて仮設住宅を訪問させて戴いた方と再会(須磨区寺田町)。


↑の周囲にも空き地が目立つ(須磨区大池町・寺田町)


大きな通りから少し入るとまだこうしたところは少なくない(長田区)。神戸市以外でも同様。


JR鷹取駅北側。


仮設店舗のままでの営業が長くなってしまったところも少なくない(中央区)。


震災前,三宮駅付近から山並みが見える場所は殆どなかったはずだが…。

Photo Album:
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