Photo Album 2002

震災から7年目の神戸は,前年末から相次ぐ大型倒産以前に,すでに長期不況に生活再建をはばまれてきた。こうした中,震災を風化させないための取組みが,引き続きなされている。

震災7年の日に

新世紀2回目の「1.17」がやってきた。この日にあわせて神戸入りするのも恒例となった。




フェニックスプラザ前のテント (2002.1.16-17)

三宮のフェニックスプラザ前にテントをたて,1月16日の晩から17日早朝まで,道行く人に震災犠牲者への慰霊のロウソクを灯してもらう。右側のテントでは一晩中語り合う人も。被災者運動やヴォランティア活動を通じて知り合った人たちが,年に一度再会する場でもある。今年も平日であるにもかかわらず,地元・神戸はもちろん,東京・名古屋・京都からも多くの仲間が集まった。7年もの歳月の間に各々をめぐる情況は変わったが,今なお生活再建が達成されていないことを確認する機会でもある。


三宮東遊園地 (2002.1.17)

マスコミ映像の定番である竹筒に浮かべたロウソクは今年も作られている。犠牲者を悼む今年の雪地蔵はこういう形に。遊園地東側では行灯のほのかな光に照らされる。


喫茶カーナにて (2002.1.17)

前日の晩から集まった仲間は,二宮温泉で一風呂浴びた後,喫茶・カーナ(須磨区)に移動。モーニングサービスのトーストとコーヒーを食べた後,それぞれに過ごす。中には早速撮影した写真をアップロードしてホームページの更新を始める仲間も。だがここはインターネットカフェの如きではなく,近隣の人たちの憩いの場となっている普通の喫茶店である。


喫茶カーナ近辺(須磨区大池町・寺田町) (2002.1.17)

店の近くは,再開発が済んだところでは少し家も増えたが,まだ空き地が目立つ。

そして,年の瀬


喫茶カーナ近辺(上) (2002.12.28)
歳末の南京町(左), 元町商店街(右) (2002.12.29)

↑とほぼ同じ場所。1月よりもかなり家が増えている。再開発が済んでようやっと我が家に戻れた人も。
南京町(中華街)は震災後いち早く復旧したところの一つ。買い物客でにぎわう中,ストリート・ミュージシャンが,ラーメンの順番を待つ客を和ませている。
三宮〜元町〜神戸間は商店街のアーケードが東西にのびている。そのうち人通りが多くにぎわっているのは東端の三宮近辺で,元町を過ぎると急に人通りが少なくなる。並行する南京町に客を取られているのだろうか。この商店街の西端の入口が,今なお無惨な姿をさらしている,廃墟となって久しいホテルシェレナに隣接していることとも無縁ではないだろう(「ホテルシェレナの現状」参照)。

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