Photo Album 2005

阪神淡路大震災10年の神戸にて

阪神淡路大震災からはや10年の歳月が過ぎた。しかし「過ぎた」といえない情況もまだ進行している。


雨にも負けず


市役所前で線香をあげる市民(左),ろうそくを浮かべた竹筒(右) (2005.1.16, 17)

この何年か「1.17」を,震災に対する幕引きの契機にしようとする動きが顕著だ。しかしながら震災10周年となった2005年のこの日,未明には時折冷たい雨,さらにはみぞれも降る中,例年より多くの人が三宮東遊園地を訪れていた。この人なみは,犠牲者の鎮魂とあわせ,生活再建が未だ成し遂げられない中,幕引きを図ろうとする行政当局に対する静かな抗議ともいえよう。


三宮・東遊園地の雪地蔵 (2005.1.17)

やっと,しかしまだ…


リニューアルオープンした喫茶カーナ,仲間としばしくつろぐ (2005.1.17)

例年1月17日には神戸に入り,5時46分に黙祷を捧げたのち,週末ボランティアで活動をともにしてきた仲間とともに連れ立って向かい,朝食と休憩をとり,しばしの歓談の時を持つ場所が,長田区との境界に近い須磨区にある喫茶カーナだ。震災後周囲共々全壊しながらも,無償でコーヒーを配り,この地域でいち早く仮設店舗での再開を果たした店だ。2004年冬,区画整理のため数メートル東へ移動する形で,リニューアルオープンした。新店舗は吹き抜けを持つ明るい店内で,ロフト上にフリースペースも設けられている。この日我々はここに案内された。私自身は諸般の用事で来神した折,この店のモーニングの世話になることが多いが,その場合は一般のお客さんと同様,階下の席を利用する。

店の再建は果たしたものの,周辺地域の住民や就業者は依然回復しないままで,相前後して近隣の区画整理後にの土地に建てられたビルには未入居のところが多い。この東隣のビルもまた然りだ。

参考「震災直後に無料コーヒー 須磨区の喫茶「カーナ」が再建 神戸新聞 2004/11/30

おおきに。これからもがんばろう


無料開放された神戸サウナ&スパのロビーで寄せ書き (2005.1.17)

「語らいの場」として先頃設けられた足湯が話題になっている,三宮の神戸サウナ&スパが17日,無料開放された。遠方からやってくる仲間や私の神戸での定宿のひとつとなっているところだ。この日は普段とは違って,露天風呂からの景色を楽しみながらの入浴となった。これに先立ちロビーで仲間とともに寄せ書きをした。

風化と深刻化


土産物として売られていた非常食(左),再開発のため取り壊されている震災で焼け残った建物(右) (2005.1.17, 19)

震災から10年という歳月が経った今なお,その爪痕と向き合っていかねばならない現実がある。しかもそれは,自然がもたらしたのではなく,社会的関係の中で形成されたものもあれば,それに規定される形で,またそれとは独立したところで,内部からつくり出されていったものもある。

例年1月17日には入場無料となる「人と防災未来センター」をたずねたところ,乾パンなどの非常食が,行楽地で見られる神戸プリンなどの土産物と並べて売られていた。そうしたもの自体,来館者に震災を風化させる作用を及ぼすといえる。震災でもっとも被害を受けた長田区では,震災前から強行されつつあった再開発が震災後もそのまま続けられたために,住民が戻り生活を再建する上での大きな妨げとなっている。その区画整理の過程で,せっかく震災の被害を免れた建物も,区画整理のため取り壊されようとしている。こうした虎より猛々しい苛政によって,災害の爪痕は傷を深めていく。

2005.2.11

あの場所は今

かつて活動の過程で訪ねたり滞在した場所を再び訪ねてみた。

本町公園 (兵庫区)


桜が満開となった本町公園 (2005.4.10)

ここは仮設住宅に行けない事情のある人たちの生活の場所だった。当初はテントであったようだが,やがて慈善団体から寄贈された小屋を利用し,仮設住宅がなくなったあとの2000年5月まで,避難生活を続けていた。兵庫県被災者連絡会の事務所もここにおかれていた。私もかつて宿泊させていただき,活動をともにしたこともあった。


恒例の花見 (2005.4.10)

この日はちょうど年に一度,かつて避難していた被災者や支援者,近隣の方たちが集まって花見をする日になっていて,好天に恵まれ,満開の桜のもとでの花見となった。一方で経済的情況はいかんともしがたく「○○さんつこたって」といった会話も飛び交い,つい私も「うちにも仕事下さい!」と本音を口に出してしまった。

2005.4.29

Photo Album:
SEO [PR] J[hr AEx o^C av[g^T[o[ Cu`bg SEO