Photo Album 2009

阪神淡路大震災14年の神戸にて


テレビ中継の準備 (左),「慰霊と復興のモニュメント」前での行事 (中),鎮魂の灯籠 (右) (2009.1.17)

今年の「1.17」は暖かな好天の中で始まった。慰霊の気持ちを新たにし原点にかえることが課題だ。


「慰霊と復興のモニュメント」前での行事 (左),鎮魂の灯籠 (右)(2009.1.17)

形式的には例年通りに見えても,やってくる一人一人の思いとやり方は新たになっていく。


ハモニカで慰霊の演奏 (左・中),建設中のマンションにかからぬよう縮小された関西電力ビルの「1.17」(右)

防災と警戒の中で?!


住民による防災訓練が行われるだいち小学校 (2009.1.17)

早朝の東遊園地での黙祷のあとは例によって喫茶店・カーナへ。ここで再びヴォランティア仲間と合流してモーニングをいただき、しばし休憩ののち,近くの小学校で行われている防災訓練に出て行ったママさんの陣中見舞いに。地元住民やヴォランティアによるもののはずだが、なぜか入場者のチェックが厳しい。こうした訓練は神戸市内の各校で行われていたが,長田区の御蔵小学校にはNHKの「週刊子どもニュース」の中継車が入っていた。

鎮魂の舞は…


御蔵通の空き地 (左),鎮魂の花束 (中),現れた猫 (右)(2009.1.17)

昼、例年ギリヤーク尼ヶ崎さんの鎮魂の踊りが行われる御蔵通の空き地へ。着いてみると体調不良で今年は行われないとのことであった。例年見に来ている近くの主婦が花束を置いて慰霊した。あたかも代役を務めるかのように,いつも舞い始める頃に,舞う場所に1匹の猫が現れた。

第14回 1・17追悼・連帯・抗議の集い


チョウ・バギー (左),おーまきちまき( 中),大城俊信 (右) (2009.1.17)

神戸市役所前で行われるこの集いの持つ意味は大きい。東遊園地とあわせて、年に一度訪れては被災者やヴォランティアらの再会と交流の場となっている。今年はメインステージが、南側を背にするように、配置が変わっていた。出演者も昨年より多く、さらなる熱気が伝わってきた。最後の河村宗治郎・兵庫県被災者連絡会代表のあいさつからは、昨年秋以来ひときわ厳しくなった現下の情況が被災地にとどまらず広範なものになっていることを、改めて深く認識させるものであった。


第14回 1・17追悼・連帯・抗議の集いステージ (左),はるまきちまき (右)(2009.1.17)

1.17KOBEに灯りをinながた


1.17KOBEに灯りをinながた,JR新長田駅前 (2009.1.17)

ペットボトルを切ったものにろうそくを載せたものを並べ「1.17ながた」の文字が浮かび上がっている。以前は竹灯籠であったり、キャンドルアートのときもあった。

第5回 神戸フリーライブ「ONE LOVE」


全出演アーティストによるフィナーレ (左),恒例の記念撮影 (右)(2009.1.17)

西神戸センター街のアーケードの下で夕方からフリーライブが行われた。私が来る前に、真弓明信・阪神タイガース監督などの錚々たる来賓が来たり、地元の明親小学校児童による「しあわせ運ぶ合唱団」と川嶋あいによる「しあわせ運べるように」の合唱が行われたりしていたようで、私が着いたときもすでにかなりの人出であったが、Metis、砂川恵理歌、川嶋あいといった面々を何とか見ることができた。

2009年の「1.17」 HARA Hideki's Blog

(2009.2.4)

淡路にて

「阪神淡路大震災」の被災地・被災者に長くかかわってきたとはいえ,神戸などとともに激震被災地である淡路島にはあまり足を運ぶ機会がなかった。被災後の情況に関しては地方新聞で時折報じられることがあっても,その問題の深刻さはなかなかリアリティーをもって伝わってこない。だが「百聞は一見にしかず」で,わずかでもうかがい知ることができる。


北淡震災記念公園に[再]移設された「神戸の壁」 (2009.8.20)

そうした震災の爪痕を淡路に訪ねる場合,島内に鉄道はなく,バスも本数が少なく利用不便であるなど,公共交通機関を利用することはきわめて不便だ。高速道路網も明石海峡大橋を利用しての本州と島内との連絡や,京阪神と徳島方面との連絡のための通過路・下支えといった性格が強くなってしまっている。そこで自転車でまわってみた。先の1.17震災メモリアルサイクリング2009の淡路版とはいかないが。

地震の断層

阪神淡路大震災のあと全国的に断層への関心が高まり,「活断層」が流行語のひとつになったほどだ。そうした被災地各処で姿を現した断層も,今日ではナマの姿で観られるところはほぼ皆無で,野島断層保存館において,保存処置を施した形で観ることができる。


,野島断層保存館内部 (左),被災当時を再現したメモリアルハウスの台所 (右)(2009.8.20)

北淡震災記念公園ではこのほか,震災で損壊した家をそのままの姿で保存したメモリアルハウスや,震度7の揺れを体験できる震災体験館などにくわえ,今年の「1.17」にあわせて[再]移設された「神戸の壁」がある。

人為の断層

阪神淡路大震災の被災地では18箇所にわたって区画整理が行われている。現在それらのいずれもが震災復興を口実にしているが,その正当性・必要性に疑問があるところも多い。中には震災以前から区画整理が画策され,震災を機に一気に強行されたものがあることは,今更繰り返すまでもない。


震災復興の区画整理事業で、移転を拒む民家にはじめて「直接施行」が行われた富島地区 (2009.8.20)

淡路島で唯一震災復興の区画整理が行われたのが淡路市の富島(としま)地区だ。旧・北淡町役場のお膝元で,島内でも震災の被害が大きかった地だが,海水浴場とともに漁港があり,元々漁師町として続いてきたところで,集落内のほとんどの家屋の移転を強要する大規模な区画整理を行う意味と必要性には,住民の支持が得られないばかりか,専門家からも大きな疑問が寄せられていた。そうした中,震災復興の区画整理事業としてはじめて,移転を拒む民家に「直接施行」が行われた。神戸市内での強行に先立つこと2年半という兇暴ぶりだ。

ちなみに島内の一般道は,国道は2車線が普通で,県道も幹線クラスでこそ2車線が多いが,それ以外ではセンターラインすらないところも少なくなく,むしろそれが普通と思われる。集落を縦貫するこの道路よりも当然狭い。

淡路市富島地区 震災復興区画整理で市 全718件の移転契約完了 神戸新聞 2008/06/25
地震の断層 人為の断層 HARA Hideki's Blog

(2009.9.7)

Photo Album:
SEO [PR] J[hr AEx o^C av[g^T[o[ Cu`bg SEO