Photo Album 1995-98

1995〜1998年はここだよ!
懐かしい&忘れてしまったもの,見たことのないものもあるかも。

☆神戸の壁:Wall of Kobe

仮設住宅訪問の際に訪れた。もの言わぬ震災の語り部。(1998.9.5)

☆仮設住宅:Temporary House

震災後何ヶ月かの避難所暮らしを経て,仮設住宅に入居した被災者が多い。それまで住んでいた所に近い仮設住宅に入れなかった人も多い。彼らは,神戸の中心から遠く,交通も不便な上,気候も厳寒酷暑の地である西区などにやってきた。週ボラの訪問はこうした人たちのお話伺いから始まった。そしてここからの生活再建という課題に,取り組んできたのであった。公園・グラウンド・遊休地などに建てられたこれらは,あたかも収容所の如きであった。いずれも西区にて。(1995.12.24/1998.9.5)

☆小屋:Hut

震災で家を失っても,その地を離れられない事情があって,テントや小屋での生活を続けた人もいる。写真は慈善団体から小屋が提供され,情況の改善をみたもの。兵庫区・本町公園にて。(1997.3.11)

☆週末ボランティア総会:General Meeting of Weekend Volunteer

週ボラの活動方針・計画など,重要事項を話し合う場である。といっても堅苦しい場でなく,和気藹々としている。地下鉄名谷駅近くの北須磨ボランティアのプレハブを借りていた。余談になるが,あの戦慄すべき「酒鬼薔薇聖斗」による連続児童殺傷事件が,この近くでまさに起ころうとしていた。(1997.1.12) 

☆終了ミーティング:Meeting after Visit to Dwellers

仮設住宅訪問は,老若男女取り合わせての2〜3人を一組にして行う。こうした各々のグループの成果や経験を共有しあい,認識を深めあうのが,この終了ミーティングである。西区民センターにて。(1997.9.6)

☆逝きし仲間たち:Comrades Passed Away

 

常に新たな出会いのある週末ボランティアであるが,時には永久の別れもある。90歳を過ぎても元気に毎週土曜日には参加されていた「週ボラのお父さん」藤原正也さん(左の写真右端)。交通事故がもとで亡くなられた。かつて海軍軍人だったという藤原さんは,週ボラでの多くの出会いの中で,柔らかくなっていったという。藤原さんから見ればほとんど曾孫も同然の藤丸綾さん(右の写真左から2番目)にも突然の死がやってきた。高校卒業後は福祉の道を目指していたという。(1997.10.18/1998.4.11)

 

仮設住宅を訪問して以来親しくなり,週ボラの活動にも参加するようになった,「週ボラのお母さん」山本美代子さん(前列右から2番目)。大阪・京都に震災語り部として講演にも出かけ,独特の語り口で聞き手を感動させたという。公営住宅に移り新たな生活に入った後ガンにおかされ,一時は回復したものの再び悪化,2001年11月5日逝去。生前のうちに事後の手配をすべて終え,従容と死につくという,気骨を感じさせる最期であったとのこと。一緒に仮設住宅訪問に参加したメンバーと。(1997.9.6)

週ボラメンバーが訪問するときにつけるネームプレート(右)。これにかわいらしいシールを貼り付けてくれたのは,山本さんだった。

☆結びつきを作る:Organize

集会の会場で模擬店を出す。メンバー&参加者の交流の場がうまれる。様々な行事に顔を出すことが,被災者の声をまとめ上げ大きな力にする上で役立つ。湊川公園にて。(1996.10.13)

年末レクリェーション。被災場所も違い,まだお互いをよく知らない住民同士のコミュニケーションの場とレクリェーションの機会を作り出す。のみならず,被災者自らの利害を守り行政に対して自らの声を上げていくために,自治会づくりのお手伝いをする。自治会長選出を呼びかける東條健司代表。(1995.12.24)

仮設住宅住民こぞっての盆踊り大会。盛り上げるべく週ボラのメンバーも加わる。果たして盛り上がったのは住民か,週ボラメンバーか? 西神工業団地仮設・ふれあいセンター前にて。(1996.8.17)

メシポンバンドも登場。同上。

☆公的援助への取り組み:Activity for Public Support

個人の力だけでは生活再建は難しい。震災と無縁なところにいれば理解しにくいが,被災者からしてみれば,身につまされる,ごく当然のことだ。そうした被災者の声を政府に突きつけるべく,何度も大挙して上京した。これに週末ボランティアも加わる。こうした上京団のフォローも,東京在住である私の役目となる。大蔵省前にて。(1996.3.5)

公的援助実現のための署名集めに上京した週ボラメンバー。今と比べると皆若い(?)。この時が,私と週末ボランティアとの出会いとなった。JR有楽町駅前にて。(1995.10.22)

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