Bicycle−つれづれなること

輪行

「輪行」とは自転車を列車に持ち込んで移動することだ。以前から欧米では,自転車をそのまま路面電車はもとより,地下鉄などの鉄道・軌道車内に持ち込めるところが多く,昨今日本でも,利用者減少対策として,一部の地方の鉄道でも行われるようになっているが,このような,走行しているのと同じような状態のまま車輌内に持ち込んだだけでは輪行とはいわない。

一部の折り畳み小径車を除いて,鉄道車輌に自転車を持ち込むには,車輪などを外して場所をとらないようにしたうえで,覆いをする必要がある。取り外した車輪とフレームを束ね,持ち運びやすくした輪行袋を使うのが普通だ。JR各社をはじめ多くの鉄道事業者では,そうしておけば充分で,専用の輪行袋を使わなくても,ゴミ袋やシートの類であっても,覆ってありさえすれば問題はなく,現在では,車内持ち込みに手回り料金を取るところもほとんどなくなった。

私も輪行を思い立ち,輪行袋を購入した。旅行・移動先ではバスなどの公共交通機関の利用が不便なところも少なくなく,レンタサイクルの値段が高かったり,クオリティーに問題があったりすることが,往々にしてあったからだ。それ以上に,普段乗り慣れている自転車の方が身体にあっていて安心して乗れる。さらには風景を楽しみ,地形や気候などをヨリ肌で感じてリアルに体験できる。

輪行袋を選ぶにあたっては,雑誌やwebサイトで薦められていることが多いオーストリッチ製の,グレードと重量でオーソドックスなものにし,あわせてバーエンド金具も購入した。車輪を留めるところに異状ができてしまえば,輪行どころか自転車本体がダメになってしまうからだ。強度的にもアルミ製フレームは鉄製より弱そうだし,その部分が破断した自転車を見たこともあったので,備えとしたのだ。

自転車を折り畳んで輪行袋に入れる手順は,

  1. 自転車を上下逆さまにおく,
  2. Vブレーキのアウターワイヤーを外してブレーキをゆるめ,車輪が外せるようにする,
  3. クイックリリースのレバーを倒して車輪を外す,
  4. フレームと取り外した車輪を輪行袋附属のベルトで留める,
  5. 肩掛けベルトの一方をフレームに留める,
  6. フレームと車輪を束ねたものを輪行袋に入れる,
  7. 肩掛けベルトを通して,もう一方を留める,

となる。

いきなり本番,というわけにもいかないと思い,仕事の合間に練習してみた。20分も見ておけば充分だと判った。慣れればさらに短くできたが,自転車を解体してベルトで留め,輪行袋に収めるよりも,輪行袋を開けて自転車を組み立てる方の所要時間が短かった。外した車輪や肩掛けベルトを留める手間がそれだけかかるといえよう。

これでいよいよ鉄道車内に持ち込めるわけだが,駅構内での移動や車輌内での置き場所には工夫が要る。エレベーターがあれば利用したいところだが,時間がかかることもある。エスカレーターや階段の移動では自他の安全に注意する必要がある。車内では他の乗客の邪魔になりにくい場所に置かねばならない。貫通路がある場合,車輌の端はいいとはいえない。ドア近くであっても,座席の端やデッキにおくのが無難だ。しかもそうした場所であれば,肩掛けベルトやワイヤー錠を利用して,手すりに固定できる。立てかけておくだけなら倒れてくることもあるし,かといって常に支えているわけにもいかないので,これが至善の策だろう。

とりあえずやってみる〜いざ出発

2005年の猛暑は9月になっても続き,夏の青春18きっぷの有効期間の終わり頃になっても衰える気配がなかった。それでも切符の消化を兼ねて,真夏よりは若干ましになったであろうところを廻ってみた。

京都&神戸

東海道線の普通列車を乗り継いで東京から京都に向かった。JR京都駅からは観光地などに遠いため,山陰線に乗り換えて嵯峨嵐山まで行くことにした。京都駅の山陰線ホームは他の線から離れており,東海道線からの乗り換えでは新幹線や近鉄線よりも長い距離を歩かねばならないほどだ。そこを輪行袋を肩にかけて歩いた。

嵯峨嵐山駅に着き,駅前で自転車を組み立てていると,やはり同じような輪行者の姿を見かけたし,他の観光客や近隣住民などが話しかけてくる。輪行にはコミュニケーションのきっかけになるという効果がある。

嵯峨野の近辺は,何度もレンタサイクルで廻っているので,自転車利用上の土地勘はあるが,今回は,限られた時間のうちに同じ場所に戻らねばならないという制約がないので,従来にないコースがたどれる。

JR駅から天龍寺方面に延びる商店街のパン屋で昼食を摂り,天龍寺前でいったん左折して渡月橋をわたる。暑い時間帯ゆえ,水辺と日陰の涼を求めて川に沿って北上,行き止まりになったところで引き返し,左岸に戻った。その後天龍寺裏(拝観料を払って境内に入らなくても庭が見える!)から保津峡(山陰本線の旧線=トロッコ列車の駅がある)を経て化野(あだしの)念仏寺方面に至る観光コースを走った。日陰がやや多いルートだからだ。

五百羅漢寺手前で,木陰に覆われ清流に沿った1本の道路を見つけ,走ってみることにした。連続する急坂を登り切ると峠にさしかかり,その先の曲がりくねった急坂を下りると川を見下ろせた。保津川ではなく,支流の清瀧川だった。清瀧川沿いの道は,東海自然歩道にもなっているハイキングコースで,自転車でツーリングするのに適したところではない。MTBなら少しは楽だったかもと思いながらも,走れるところは走ったが,自転車を担いでいかねばならないところがかなりあった。しかも河原では,水遊びをしている人の姿が目につく。私もその清流で何度か顔を洗ったり汗を流したりした。

清瀧から化野へ戻るのは,トンネルを通ってすぐで,あっけないほどだった。トンネル内のひんやりした感じも,川に劣らず気持ちよかった。

続いて嵯峨釈迦堂(清涼寺)から広沢池を経て龍安寺方面に。清瀧での遠回りのため,時間をかなり使ってしまったが,その分陽が傾いてきたので,日陰の少ないところを,景色を楽しみながら走ることができた。

次いで少し南下して東をめざす。龍安寺前から等持院方面に行くのに,立命館大学の衣笠キャンパスを抜ければ最短ルートとなるが,大学が夏休みであったためか,大学当局による構内乗り入れ規制が強化されたためなのかはともかく,それはできず,キャンパスの東隣の住宅地を迂回することになった。ちなみにこのあたりは,住宅地として人気の高いところだという。せっかくだから走りながら住宅も観光した。

等持院から北野天満宮を経て,今出川通りを走って市街地を一気に抜けることにした。嵯峨野から百万遍方面までバス1本で行くのは無理で,ここで自転車の本領発揮だ。今出川通りは,北野天満宮附近から,同志社大学がある烏丸通りを越えて,京都大学がある百万遍あたりまでは勾配がなく,ほぼ真っ平らだが,特に渋滞などなかったにもかかわらず,車の走行速度は遅く,かなり追い抜きながら走った。さすがに京大以東の上り坂ではそうもいかないが。

銀閣寺道からは哲学の道を南下,疎水にそって南禅寺方面に。ここはゆっくり歩いて散策したいところだが,陽も落ちてきているので,余りゆっくりできない。さらに知恩院前を経て円山公園に着いた頃には夜になっていた。おぼろげになった東山をしばし眺めた。

夜になっても結構まだ暑い。しかも四条河原町の交差点附近では,社民党土井たか子が街頭演説をしている。衆議院議員選挙で比例近畿ブロックに単独立候補し,名簿順位を5位にしたため,議席維持が絶望的になる中で,まさに捨て身で臨んでいる。大勢の聴衆が足を止める中,熱く護憲を訴えている。残暑の暑さはかなりこたえるが,こういう熱さは貴重でありまた必要だ。

涼をとるには水辺に限る。ということで夕食を買って鴨川の河原に降りて食べ,しばし休憩した。

その後河原町通りを西に走る。このあたりは,京都市当局が自転車乗り入れを規制するという,異常なまでの自転車敵視・排除政策を強行しているところだ。烏丸通りを南下。烏丸通りに限らず京都中心部は南に向かってごく緩い下り勾配になっているので,京都駅に向かうのは結構楽だった。

京都駅の駅ビルに伊勢丹が入って,従来からの老舗百貨店が苦戦を強いられていることは知られている通りだが,この夏ついに,京都タワーの北隣にある,老舗百貨店・丸物を前身とする京都近鉄百貨店が,土地建物をヨドバシカメラに売却して閉店することにった。周囲に残されていた立て看板などから,買い物客用の駐輪場を有料にしていたことが判る。これでは来る客も来なくなるではないか。まさに自殺行為だ。自転車敵視・排除の姿勢は民間企業にも及んでいたのだ。

京都駅前で自転車を分解して輪行袋に入れる。そこでもまた話しかけてくる人がいた。その人ははじめ私のことを,輪行して日本全国を旅行していると思ったようだ。それだけの時間と体力があればいいが。電車の時間にあわせて駅に着いたため,話し込むだけの時間の余裕がなかったのが残念だ。

下り新快速に乗り「三ノ宮」まで行く。同じ場所であっても,地名はもとより阪急電鉄阪神電鉄神戸市営地下鉄の駅は「三宮」だが,JR西日本−国鉄だけは「三ノ宮」としている。同様に西宮もJRの駅だけ「西ノ宮」だ。

夜もそれなりに遅くなっていたが,それでも結構暑い。そこで,ここでもまた水辺で涼むことにした。昼間とは違って車も少なくなった道路を走り,神戸港のメリケンパークやハーバーランドを廻る。やはり涼みに来ている人の姿が大勢目につく。

水辺の涼といっても,水の流れが涼を運んできてくれる鴨川と違って,こちらは潮風だ。それなりに気持ちいいといっても,やはり塩分の自転車に及ぼす影響が心配だ。夜も遅くなってきたので引き上げることにした。

元町附近まで戻ったところ,道端に停まっていた1台の車が目の前の赤信号を避けてであろうか,突然急発進してUターンし,私の横をかすめて前方をふさいだかと思えば,逃げるように無灯火のまま海側に走り去った。その車は,止まっていた場所の前に選挙事務所を構えていた衆議院議員候補・石井一(いしい・はじめ)の街宣車だった。この危険行為に抗議すべく,明かりがついていた選挙事務所の方に声をかけたところ,やってきたのはチンピラ風の男で,私は,兵庫県警生田署の警官によって救出されるまで,事実上不当監禁された。深夜で人通りがなければ何をしてもいいと思っていたのであろうか,まさにヤクザでもやらない傍若無人の振る舞いだ。

その審判は1週間後に下された。その結果たるや,当選11回のベテランの民主党大物議員であった石井一にとっては,無名の自民党若手新人候補に惨敗するという,屈辱的ものであった。まさに天罰だ。議員生活が長くなる中で,次第に尊大になり,冷酷にして傍若無人になっていったことを,阪神・淡路大震災を経験した住民−有権者が看取していたというべきだろう(詳細についてはHARA Hideki's Blog 墜ちた石井一 参照)。

翌日は所用のため,中央区・兵庫区の大開通や国道2号線(神戸の人は「ニコク」と呼ぶ)を走ったが,京都よりかなり車の流れが速いことを感じた。

(2006.1.20)

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