Bicycle−つれづれなること

1.17震災メモリアルサイクリング2011

2011年1月16日(日),8回目となる神戸市民自転車同好会主催の震災メモリアルサイクリングに参加した。2009年に初めて参加して以来,昨2010年に続いて今回で3年連続,3回目となった。


出発前の記念撮影。東遊園地にて (2011.1.16)

前夜,夜行バスで出発して向かう。神戸・三宮に到着してすぐ自転車に乗ることから,車内では早めに眠り,寝酒も早めに少量でとしてきたが,運悪くすぐ後ろの席で乳児が泣き,消耗が案じられたが,何とかコンディションを整えて臨んだ。

これまでは普段乗っているクロスバイクを輪行してきたが,今回はそれができず,現地調達とした。調達したのは,JR三ノ宮駅前にある,いわく付きの都市型レンタサイクル・「駅リンくん」だ。私の直前に利用者がいたが,その人も参加者であった。

出発まで

集合場所は例年通り,「慰霊と復興のモニュメント」附近の東遊園地内だ。8時半の集合時刻近くに着いてみると既に参加者の姿が。それとともに2台のリキシャも。出発前に記念撮影したり,遊園地内を試乗したりして,多くの参加者が楽しんだ。


同行したリキシャ (2011.1.16)

出発〜東へ

今回予定されていたコースは以下の通りだったが,実際はほぼその逆回りとなった。

9時東遊園地を出発。常光院・西灘小学校・西灘公園・求女塚古墳・魚崎わかばサロン経由で東遊園地へ

今回のコースは,一昨年のような急坂が除かれ,走行距離全体も短縮されていることから,子どもの参加も考慮してのものかと思ったが,そのあたりは不明である。ともあれレンタサイクルで間に合わせられるものになった。


リキシャとともに。東遊園地,HAT神戸 (2011.1.16)

晴れてはいるが昨年・一昨年とは違った寒さの中,予定の9時をやや過ぎて東遊園地を出発,一路東へ向かった。東部新都心・HAT神戸の海沿いを通る。ここまではリキシャも同行。メモリアルサイクリング参加者はさらに東へ向かった。途中,工場街を進み,小学校の教科書に出てきたような神戸港と阪神工業地帯の社会科見学のような感じだ。続いて国道43号線沿いを走っても地場産業としては酒造所もかなりあるが…。

魚崎わかばサロン

最初の訪問先は東灘区の魚崎わかばサロンだ。この高齢者施設の裏庭の中に,魚崎地区の犠牲者の慰霊碑がある。一昨年以来2度目の訪問だ。魚崎わかばサロンで休憩させていただきながら,同地区の被災情況の写真などを見せていただき,あのときに思いを致した。


魚崎わかばサロンにて (2011.1.16)

求女塚東公園

続いて西側へ戻るコースとなる。住吉川の堤防に続く坂道を上り下りして,しばらくしたら求女塚東公園だ。


求女塚東公園内の慰霊碑 (2011.1.16)

ここには前方後円墳の東求女塚古墳があったが,原型はほぼ失われている。一部残されたところを囲む公園の一角に阪神淡路大震災慰霊碑がある。テントや幕を張って慰霊行事の準備が進んでいる中,しばし手を合わせる。


求女塚東公園 (2011.1.16)

西灘小学校

国道2号線に出て,今度はひたすら西へ。西灘小学校の東側の通り沿いに犠牲になった児童を偲ぶ「アッコちゃんの時計」と「あの子は天使です」という犠牲児童の母の言葉が刻まれた石碑がある。ここでも黙祷。これが3カ所目の訪問箇所となった。


西灘小学校前にて,アッコちゃんの時計 (2011.1.16)

西灘公園

解りやすいルートで隊列を組んで走る都合上からであろうか,住宅地の中を少し東に戻るコースをとり西灘公園へ。


西灘公園にて,慰霊碑についての話を聞く,焼香する参加者 (2011.1.16)

東西に長い公園の東端近くに,この地区の犠牲者名を刻んだ慰霊碑がある。ここも2009年に続いて2度目の訪問だ。

今回は,ちょうどこの碑を清掃されている方から少しお話を伺うことができた。ここでは参加者一人一人が焼香させていただいた。これに続いて訪問する予定であった常光院には立ち寄らず,再びHAT神戸へ向かった。

HAT神戸

ここで待機していたリキシャと合流,潮風に吹かれながら,往路と同じコースで東西に長いHAT神戸灘の浜脇の浜の海岸沿いを走った。またここでも参加者による試乗が行われた。今回の震災メモリアルサイクリングの最初と最後は,リキシャとともにミナト神戸をパレードした感じになった。今回の走行距離は20km弱と思われる。


HAT神戸にてリキシャとともに (2011.1.16)

この何年間かなかった寒さの中,短めのコースで行われた,2011年の震災メモリアルサイクリングであったが,この寒さが,あの日に思いを致す者に試練を与え試すがごとく感じられたのは,私ひとりではないだろう。これからも慰霊行事を続け,参加してゆくにあたって,被災者・市民やその他の市民,そして私の,体力的制約について,その一方で新たな参加者を得てともに担うにあたっての課題を,考えさせられるものであった。

また今2011年は,例年と違って,震災関連行事にたいするマスコミの扱いが小さいように思われる。このメモリアルサイクリングも然りで,東遊園地からの出発時やHAT神戸で若干の新聞社の写真記者が撮影していたが,管見の限り,各社とも記事にはならなかったことが残念だ。

2011年の「1.17」とその前後に HARA Hideki's Blog

(2011.2.6)

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