〈紹介〉 林明徳「近代の中日文化交流」

 上記論文を収めた『民国前期中国と東アジアの変動』は,中央大学人文科学研究所「民国史研究」チームによる,日本および中国大陸・台湾・韓国の研究者との共同研究をまとめたものである。中華民国を一つの歴史上の時期とし,国民革命をはさんでその前後を各々前期・後期と分ける時代区分を提唱し,その中華民国前期における政治・社会・国際関係を実証的・総合的・国際的に研究し,新たな歴史像を提示することを目指している。まず,こうした観点から中国近代史認識の視座を確立し,民国前期を中国の近代化の中での位置づけをはかる。そもそも従来,中国現代史では,5・4運動を画期としてきた。これは毛沢東が,旧民主主義革命から新民主主義革命への転換をここに見いだし,中国現代史の出発点としたことに,中国のみならず日本の学界もが追従したためだとする。

 第一部民国前期中国の国際関係では,第1次世界大戦・ロシア革命の影響,ヴェルサイユ=ワシントン体制下および,これから疎外されたソ連邦との関係のそれぞれについて論じている。第二部民国前期中国の政治では,「中国」・「中華民族」といった中国近代のナショナリズムを形成する概念について検討し,反帝国主義的であり大中華主義的でもあるという性格を示したのを始め,第一部に引き続き,従来北洋軍閥政権として軽視されがちであった北京政府の営為を実証的に明らかにしようとする。第三部民国前期中国の文化と社会では,標記論文をはじめとして,労働運動(5・30運動)・女性史の論文も収めている。

 本論文は,「清末民初の時期の中日文化交流の時代背景と,どのように王土自封の閉鎖的思想から進んで,日本の教育文化の基本政策を学習することを確立するようになったのかを,そして日本が中国人留学生教育を受け入れ,教習・顧問を派遣したことの動機とその作用を,さらにすすんで,1920年代に日本が義和団賠償金の返還を利用して文化事業に従事した経緯を検討し,両国の文化交流の実態とその経緯を明らかにする」(p.428-9)という主旨のもと,文化的地位が逆転し,日本から文化を逆輸入し始めた1890年代から,日中戦争による関係悪化で交流が終焉に至る1930年代までを扱っている。

 まず,清末の諸事業が,中国の近代化の助けになったが,同時に日本が教育・文化の力を借りて親日人士を育てるなど,中国への勢力拡張を図ったものであることを,詳細に論じている。張之洞・袁世凱ら清朝官僚や康有為・梁啓超ら立憲派が,中国の近代化のために日本から西洋文化を学ぶことを提唱したのは,明治維新の成功に鑑みて,それが早道で,且つ中国の実状にも適していると認めたことによる。留学生の受け入れ,教習・顧問の派遣,書籍翻訳,様々な出版物の刊行,日本モデルの教育改革が行われた。 

 日本人が中国で行った活動として,東亜同文書院などの教育事業,中国語新聞を発行したジャーナリズムに言及する。後者は,袁世凱の帝制や軍閥の混戦で,中国人ジャーナリズムが言論の自由を失い大打撃を受けた中,逆にこれを良い機会として言論界の重鎮となっていった。袁世凱の帝制に唯一反対して一時名声を高めた『順天日報』のような例もあるが,結局は,21ヶ条要求や5・4運動,国民革命で,日本政府の中国侵略のお先棒を担いだため,中国人の排斥に遭い,停刊に追い込まれていった。こうして新聞の影響力と文化侵略に対する危機感と,中国人自身がジャーナリズムを掌握すべきことを,皆が認めるようになったと指摘する。 

 日露戦争後,関東州と満鉄附属地を獲得した日本は,教育機関が未整備であった東三省に大規模に学校を建設したが,第1次世界大戦後の民族主義の高まりの中,植民地教育の隆盛が文化摩擦を惹起した。1920年代になると,アメリカが義和団賠償金の返還を通じて教育文化事業を行ったのに倣い,反日感情・排日風潮を緩和すべく,日本は「対支文化事業」を始めた。人文科学研究所・自然科学研究所・図書館・医科大学・附属病院といった施設を北京・上海・広州などにつくったが,中日共同の事業とする基本原則に反して,実際の運営では,専ら日本側の方針通りに運営・利用された。当時の日増しに悪化する中日政治外交関係と戦争へ足を踏み入れようとする時代環境のもと,日本の中国侵略の道具になっていったと指摘する。教育団体が,その文化侵略性を激烈に攻撃し,日本の対中文化事業に反対しただけでなく,中国学界独自の研究機構である中央研究院の成立を見たことについても触れている。また,留学生の受け入れや人的交流での一定の成果についても認めている。 

 このように,広範に行われた日本による事業に一定の成果を認めつつも,「文化交流の意図のほかに,政治的さらには軍事的企図が混入し,よって文化侵略であるという指摘と叱責を免れないものとなった」(p.451-2)と,厳しい評価で締めくくっている。

中央大学人文科学研究所編『民国前期中国と東アジアの変動』中央大学出版部1999年3月,A5判 600p. 6000円+税,所収。p.427-460が該論文。著者・林明徳氏は台湾・中央研究院近代史研究所研究員。拙訳)

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