消えゆくホテルシェレナ

神戸・西元町のホテルシェレナは,最盛期には年間2000組もの結婚式を挙げるなど,神戸を代表する結婚式場として人気があった(「ありし日のホテルシェレナ」参照)。ところが,阪神淡路大震災で大きな被害を受けて,営業休止に追い込まれ,ホテル運営会社と施工業者や本館建物所有権者との間で長く裁判が続いてきた。そうした中,被災後10年以上過ぎても,神戸の市街地に被災当時そのままの無惨な姿をさらし続け,垣間見える内部は,震災の時のまま時が止まっているようであった。

ホテル側が,施工業者による建物の施工瑕疵,構造計算の誤り・偽装などを立証し,裁判を闘う中,ホテルの土地・建物は競売に付され,結婚式場や宴会場を備えた本館,おもに客室であった西館,駐車場などとしてつくられながらも施工業者の占有が続いたため,営業に利用されなかった東館は,それぞれ別々の落札者の手によって,別々の道を歩むべく,その姿を消しつつある。

ホテルシェレナの現状」で記した以降の動きをまとめてみた。

ホテルシェレナは今?

このサイトの「ホテルシェレナの現状」・「ありし日のホテルシェレナ」でたびたび採り上げたホテルシェレナは,依然無惨な姿をさらし続けている。


本館に防護ネットが掛けられたホテルシェレナ (2004.1.17)

最近になって本館に防護ネットが掛けられた。そうした中1月16日,毎日放送(MBS)VOICEという番組でホテルシェレナが採り上げられた([2004/01/16] 被災ホテルの復興を阻むもの)。この番組がいう「再建を阻む恐るべき事実」が,この建物の建築上の欠陥のほんの一部でしかないことは,賢明な読者のみなさんは先刻ご承知であろう。

(2004.1.30)

ホテルシェレナ


ホテルシェレナ (左),本館内部 (右)(2006.1.15)

私がホームページで,西元町にある欠陥建築・ホテルシェレナを採りあげてから月日が経つ。その間関西のTV局でも何度か採りあげられた。友人宅で,TBS系の「ニュース23」を見ていたら,ホテルシェレナが採りあげられていた。映像などは以前,MBSの「VOICE」で使用されたものと同じだが,折からの構造計算偽装問題とあわせて,震災で学んでおくべきだったものとして,筑紫哲也のコメントともに,全国に紹介されていた。遅きに失した感も大きいが…。 (「ホテルシェレナHARA Hideki's Blog より)

(2006.1.17)

消えゆこうとするホテルシェレナ


ホテルシェレナ。パネルで覆われているのが本館 (2007.1.7)

阪神淡路大震災で被災して営業再開できず,その欠陥建築ぶりをさらし続けてきた神戸・西元町のホテルシェレナ本館の解体工事が昨年11月から始まっている。解体される本館は既にパネルで覆われ,震災から時が止まってしまったような内部を垣間見ることもできなくなった。


解体工事に入った本館内部 (左),パネルをさらに高く張る作業員 (中,2007.1.6),東側から見た外観 (右,2007.1.7)

かつては神戸でもっともにぎわったところの1つでありながら,その賑わいを取り戻せないまま年月を過ぎさせていったこの場所にとっては不本意な情況が,新たな記憶がつくられることで過去へと押し流され忘れられることを期待する向きもあるが,これから導き出し,得るべき教訓をつかみ取ることも必要だ。

ホテルシェレナ解体」(HARA Hideki's Blog 2007/01/07)
兵庫新風景:旧ホテルシェレナ(神戸市中央区) パネル張り、12年目の解体 /兵庫
 (毎日新聞 2006/12/08)

(2007.1.10)


解体工事が進むホテルシェレナ本館 (2007.3.25)

さらに2ヶ月あまり後,解体工事が進んだ本館の高さは半分にまでなってしまった。定点観測をするのに24mmレンズは不要になってしまった。


解体工事が進むホテルシェレナ本館(左),西館の外に放置されたテレビなど(右) (2007.4.29)

それからさらに約2ヶ月後,ホテルシェレナ本館は更地になった。

まだ残されている西館・東館が,本館に接した面を露わにして建っている。南隣の神戸中央郵便局のガラスに,一度も営業に使われることがなかった東館の姿が映っている。


更地になったホテルシェレナ本館 (2007.6.23)

(2007.5.1&7.20)


覆いがつけられつつあるホテルシェレナ東館と更地になった本館跡 (左,2007.8.11),
細い鉄筋が見える本館基礎部分(右,2007.7.15)

夏には東館にも覆いがなされたが,解体工事はまだあまり進んでいないようだ。本館解体が済んだと思われる頃,仮囲いが外されたところから,道路に沿ったかつての本館基礎部分が見えた。その鉄筋の数と細さは,最後まで欠陥建築ぶりを伝えようとしているかのようだ。


覆いがつけられつつあるホテルシェレナ東館と更地になった本館跡 (2007.8.11)

解体された本館跡には,神戸出身の大手消費者金融創業業者が設立した財団の手で,学生寮を建設するという名目で,開発がなされる部分があることが判明,報道された。


学生寮建設を伝える現場看板(左),東館解体のための重機(右)(2007.9.8)

ホテルシェレナ跡に14階建て学生寮──神戸駅近く、大震災で閉鎖」 (日本経済新聞 2007/09/15)


東館駐車場入り口附近 (2007.9.8)

一旦更地になった本館跡では,新たな建物の杭打ちが始まった。一方覆いの中ではあるが,東館解体も行われているようだ。


杭打ちが始まった本館跡 (2007.10.28)

(2007.11.29)


ホテルシェレナ解体現場 (2007.12.22)

夏から仮囲いがなされながらも解体工事がさほど進んでいないように見受けられた東館だが,12月に入り一挙に低くなってしまった。先に解体された本館跡は東館のがれき置き場となっている。このがれきこそは,西日本最大級の欠陥建築の証拠品だ。


本館跡の建設用重機 (左),解体が進む東館 (中),東館内部 (右) (2007.12.22)

結婚式場として人気を誇ったホテルシェレナの営業に使われたのは,既に解体されて更地になっている本館と,その北側に続く西館だけだった。東館は,ホテル営業に供されなかったばかりか,元請け施工者が占拠し続けホテル側に引き渡されることすらなかった。当然その内部が一般の目に触れることもなく,解体過程で垣間見られたものが,最初で最後の機会であったということになろう。欠陥建築物の解体であるとともに嬰児殺しのようなものであるといってもいいだろう。

(2007.12.28)

この続きは「消えゆくホテルシェレナ・2」をご覧ください。

ホテルシェレナの現状」・「ありし日のホテルシェレナ

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