消えゆくホテルシェレナ・2

2004〜2007年の動きは「消えゆくホテルシェレナ」をご覧ください。

消えゆこうとするホテルシェレナ


東館地上部分の解体が終わりつつあるホテルシェレナ (左,2008.1.6),(右,2008.1.12)

ホテルシェレナの建物解体が2006年11月から始まり1年あまりが過ぎた。既に2007年6月には宴会場などを中心とした本館のあとが更地となり,次いで駐車場などに使用される予定であったが一度も営業に使われることがなかった東館の解体へと移り,年が明けて2008年には,地上部分がほとんど姿を消すに至った。


南面に防護ネットがかけられた西館(左),本館跡の新建物建設(右)(2008.1.16)

東館の地上部分の解体がまさに終わろうとする頃,残る西館にもネットがかぶせられ,本館跡の一部では新たな建物を建設するための基礎工事が行われている。


終盤をむかえた東館地上部分の解体 (左)(2008.1.16),(右)(2008.1.17)

東館跡の解体は,地上部分を終え基礎部分へと進んだ一方,本館跡地では新たな建物の建設も進んでいる。


東館基礎の解体(左),本館跡での建設(右)(2008.1.27)

(2008.1.30)


更地になった本館・東館跡(左),覆いをされた西館(右) (2008.4.26)

本館に続いて東館も解体を終えて埋め戻され,更地になった。アートプロジェクト準備中の商店街のアーケードから,覆いをされた西館が見えた。

更地になった本館・東館跡 (上左・上中),元町商店街のアーケードから(上右)(2008.4.26)
本館・東館の残骸(2008.5.11)

本館・東館の南側,神戸中央郵便局をはさむ栄町通り沿いやその近くには,外壁や基礎部分の残骸が見える。本館跡は駐車場として利用されている。


駐車場として利用されている本館跡地 (2008.5.11)

(2008.7.7)


本館跡地北半分に建設中の学生寮 (2008.7.14)

かくして本館・東館が解体されて更地となり,本館跡地の一部では,神戸出身の大手消費者金融創業者が設立した財団によって学生寮が建設されつつある。その一方で,西館にも仮囲いや覆いがなされたが,こちらは解体されるでもなく,今なお外形をとどめている。


本館跡地北半分に建設中の学生寮 (2008.12.27)

ホテルシェレナ西館の土地・建物の現在の所有者は,神戸市の不動産業者・(株)神成興産(しんせいこうさん)だ。同社は取得した西館建物をホテルとして再利用しようと目論んでいるとみえて,そのための宣伝サイトも制作している。ほとんど損傷がなかったとしていること,建物の安全性なるものの主張の妥当性,以前のホテルシェレナ運営会社と別でありながら継承しているかのごとく装っていること,本館が既になく西館のみでホテルシェレナ“復興”といっていることなど,その宣伝内容・主張は疑問点だらけだ。これらの詳細及びそれに関連した情報操作などについては,「自作自演?!」(HARA Hideki's Blog 2008/08/11)を参照されたい。

(2008.8.20)


改修されようとしている旧西館の東側外壁とエントランスホール天井 (左・右,2011.1.17),
木下記念事業団神戸学生寮 (中,2009.6.15)

こうして,本館・西館・東館,さらにはその一部分で,各々に動き出した再開発は,さらなる紆余曲折をたどることになった。その原因は2008年秋のリーマン・ショックによる不況であった。


学生寮竣工と駐車場のままに別れた本館跡地 (左,2009.6.15),改修中の旧西館 (右,2011.1.17)

本館跡地の北側で建設が進んでいた豪華学生マンション・木下記念事業団神戸学生寮は,2009年春には何とか竣工にたどり着けたが,同じく南側では,老人ホームやマンションの建設が持ち上がっていたようだが,計画段階で頓挫したと見えて,引き続き駐車場のままとなって,ホテルシェレナの「遺構」も引き続き垣間見える状態が続いていた。


駐車場のままの東館跡(左)と改修中の旧西館(右) (2011.1.17)

これと相前後して,建物としては唯一残っていた西館も,補修工事らしきものが行われていたが,それが外観や内装・設備といった見かけにとどまるものか,構造・躯体の強化となるものなのかは,仮囲いの隙間からだけでは判断しがたいが。


改修中の旧西館 (2011.1.17)

だが,その仮囲いが外されようとする頃,構造や外観とは別に,大きな変化が待っていた。それは用途変更だ。ホテルとしての再建は断念され,「グランドールプラザ神戸レジデンス」なる賃貸マンションにされていたのだった。一般に,用途変更がなされれば,内装・設備に変化が伴うとともに,構造・躯体にも大きな負担が伴う。この建物がそれに耐えうるかどうかは,神のみぞ知るといったところだ。


高層マンション建設が始まった本館跡地南側(左)と駐車場のままの東館跡地(右) (2012.3.8)

リーマン・ショック後の不況も底を打ったのか,やがて,神戸の中心部である元町・三宮や海岸通近くなどで,再開発・建設が盛んになり,高層建築の増え方たるや,阪神淡路大震災以降このかた最大といっていい。


本館跡南側で始まった高層マンション建設「Motomachi6」と,
本館跡北側で竣工した木下記念事業団神戸学生寮,賃貸マンションへと用途変更された旧西館 (2012.3.8)

そうした中2011年,長く駐車場であった本館南側部分も高層マンションの建設が具体化された。


改修工事の間にホテルから賃貸マンションへと用途変更された旧西館 (2012.3.8)

やがて工事用仮囲いで覆われるようになり,東館跡地やその隣接地側を除いて,垣間見えていたホテルシェレナの遺構も外からは窺えなくなった。

このようにして,神戸三越閉店後も,ホテルシェレナによって,その跡地の一体開発が行われ,スケール・メリットが活かされていたが,阪神淡路大震災による損壊と営業停止によって,終焉をむかえた。


本館南側跡地・東館跡地 (2012.7.7)

一体性によるスケールメリットはもちろん,集客力をもって,地域の活性化をもたらすプロジェクトが,再びこの地で行われることは,もはや不可能なまでに困難となったと言わねばならない。


改修されようとしている旧西館のエントランスホール (2012.7.7)

(2012.12.5)


本館跡南側で進む高層マンション建設「Motomachi6」 (2013.1.17)

かつて神戸でいち早く本格的な百貨店が開店するなどした,商業地として栄えたこの地も,今後数十年は居住地となろうとしている。

(2013.1.31)

2013年の終わり頃には,本館跡地南側に建設されつつある高層マンションが,ほぼ全貌を現した。


ホテルシェレナ旧西館と本館跡地に建設された高層建築 (2013.1.15)

竣工予定の高さに達したと思われるのとあわせて,駐車場に転用されていたときには残されていた,南側道路・栄町通に面した部分の,外壁などの痕跡はほとんどなくなった。


本館跡地南側・東館跡地 (2013.12.6,2014.1.15)

マンションに転用されたはずの旧西館には「DAIICHI GRAND HOTEL NISHIMOTOMACHI (第一グランドホテル西元町)」の文字が。所有者などはマンションにされたときと同じままのようだ。


名称・用途変更?された旧西館(左,2014.1.15),本館跡地南側にほぼ全貌を現した「ザ・レジデンス神戸元町通」 (2013.12.6,2014.1.15)

また,東館跡地にも新たな高層マンション建設が始まりつつある。


東館跡地 (2013.12.6,2014.1.15)

再開発プロジェクト「Motomachi6」は,高層マンション着工前から広告・営業活動をしていたが,その際「神戸三越跡」をもっぱら前面に出し,ホテルシェレナの影を振り払おうとするかのごとくであった。いずれの敷地の一部にしか該当するものでしかなく,まして営業上の継承関係は全くない。ストーリーとしては無理がある。


ほぼ全貌を現した本館跡地 (2014.1.15)

(2014.1.31)

ホテルシェレナの現状」・「ありし日のホテルシェレナ」・「消えゆくホテルシェレナ
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