Mr. Leeと行ったホームレス支援日記

李 得実(村田 実)さんと行ったホームレス支援のレポートです。

Who is Mr. Lee?

震災の復興と支援の村/地球村代表・村長の李 得実(村田 実)さんは,在日コリアン2世。阪神淡路大震災で,成人式を迎えたばかりの次男を亡くし,長田区内で長年営んできた写真館も失った。その土地も区画整理を強行する行政当局の奪うところとなってしまい,天災とその後に続いた人災とで,これまでの人生で築いてきたもののほとんどを失った。そうしたなかから,震災被災地や大阪西成などでの『復興ボランティアコンサート』など,独力で様々なボランティア活動を行ってきた。李 得実(村田 実)さんのこうした活動はすでに十数年に及び,あわせてさまざまな発言やアクションをおこなってきた。

訪問先の様子

都道府県別で日本一ホームレスが多い大阪府の中でもとりわけ多い大阪城公園,あいりん地区,中之島公園で,カップ麺やコーヒーを提供した。これらは李さんが,組織やバックを頼ることなく自ら準備し,自らの善意を直接手渡ししようというものだ。

大阪城公園 (2003.4.6)


市民広場附近でカップ麺とコーヒーを提供(左)。 主がいなくなったテント(右) (2003.4.6)

桜がほぼ満開となり,晴天の日曜日となったこともあって,大阪城公園には大勢の花見客がやってきていた。その同じ大阪城公園にはホームレスの人たちが住むブルーシートのテント群が数多く見られる。道路・通路からは目立たないようにつくられているため,実際に数は一見したところよりも多い。そうしたホームレス村ともいうべき市民広場の中心部で,数十食のカップ麺とコーヒーを提供した。遠くから見れば花見客と変わらないように見えてしまうが,配る側の私たちも同食し,会話を交わすことで,普通の配食・炊き出しとは違って,豊かな気分も味わってもらえただろう。

西成・あいりん地区 (2003.4.6, 4.8, 7.27)

テントが並ぶ公園と線路際(左)と簡易宿泊所「ドヤ」(右)。JR新今宮駅北側附近 (2003.4.6)

大阪城公園から市内を南下して西成へ。線路際や近くの公園で小屋にいる人たちの間を回って,マイクで呼びかけ,ビラを配り,新今宮駅北側の道路脇で行うことにした。


駐輪場でカップ麺とコーヒーを配る。JR新今宮駅北側附近 (2003.4.6)

ここでも数十食のカップ麺とコーヒーを提供した。多くの笑顔と感謝のことばに接することができた。




あいりんセンターでカップ麺とコーヒーを配る (2003.4.8)

それから1日おいて8日,再び西成を訪れ,今度はJR新今宮駅南側のあいりんセンターで行うことにした。センターには300〜400人の姿が見える。みな今日の仕事にあぶれた人たちだ。年度末の3月いっぱいはあった仕事も,4月に入ると急に少なくなったという。朝から時より強い雨が降ったり風が出たりと荒れ模様の天気だったが,これとはほとんど関係ないようだ。幸い準備をしているうちに天気は回復してきた。

私たちがセンター下の一角で準備を始めたら,何人かの人が話しかけてきた。マイクでの呼びかけやビラを読んで関心を持ってくれたのであろう。6日に駅北側でやったのを覚えていた人もいた。カップ麺の準備が百食ほどだと聞くと,足りなくてケンカになるからやめといた方がいいよなどと“忠告”してくれる人もいた。カップ麺とコーヒーを別に配っても全員に行きわたることは難しい。一つ間違えば厄介なことになるかも知れないと,緊張する。そうした中,彼らの中の一人Nさんが手伝ってくれた。Nさんは,湯が沸き,準備ができるまでの間,行きわたらないかも知れない人に「組織じゃなくて自費でやっとるけん」となだめて説得するなど,整然とできるよう尽力してくれた。

準備中列ができている中で,それに並ばずコーヒーに入れる粉ミルクだけをつまんで持っていく人や,カップ麺をもらってもお湯を入れずに持ち帰る人などもいた。どんなものでもとにかく口にしたいという人なのだろうか,後者は夕食用にキープするのだという。シェルターで湯は手にはいるそうだ。その順番を待つ荷物の列が長く続いていた。

百食ほどのカップ麺が終わったあと,300杯ほどコーヒーを配る。多くの人が感謝の言葉や笑顔を見せてくれた。普通炊き出しなどで笑顔を見せてくれることはほとんどないそうだ。その点でも貴重な体験だったということだ。


あいりんセンターでおにぎりを配る (2003.7.27)

春季以降,李 得実(村田 実)さんは,神戸市須磨区の震災の復興と支援の村/地球村にホームレスの人達を受け入れるなど,支援活動を本格化させてきた。この日は共に生活する方や,ビラをみて参加した方と共に,あいりんセンターでおにぎりを配った。

中之島公園 (2003.4.9)


昼の炊き出し(左)と公園内のテント(右)

翌9日向かった先は中之島公園だ。大阪城公園やあいりん地区は古くからホームレスの人たちが多くいる場所として知られているが,こちらはいつからかはよく解らないが,最近になってからホームレスの人たちのテント小屋が並ぶようになった。ここで300〜400人ほどの人が暮らしているという。ビラを配ろうとする前に,彼らの方から手を伸ばしてきたので,数十枚を手渡した。単に物質的なものにとどまらない関心の高さをうかがわせる。


シャワー室になっているテントの前にあるタテカン(左)とホームレス支援を訴える市会議員候補(右)

中之島公園は,大阪市庁のすぐそばであるなど,いわは行政当局・権力者のお膝元だ。かつて東京都が新宿駅西口から都庁へ通じる地下広場(通路)からホームレスを排除したのと比べれば,まだ大阪は寛容的ともいえようが,ウメ地下からの放逐から早10年が経過していることを思えば,早くから放逐に手を染めていたといえる。


呼びかけをする李さん(左)と市役所方面へのデモの出発風景(右)

私たちが到着した時,ちょうど昼の炊き出しが行われていた。これを食べたあと,「全員参加」で,支援団体の先導のもと,市庁などを回るデモに行くことになっている。周囲を見渡すと,昼休み時らしく,昼食の弁当を食べるOLやサラリーマンの姿が見える。また,物陰から様子を見たり,関係者に話しかけたりする,多数の公安の姿が見える。スーツ姿で一見してそれと判る格好で,群衆の中に紛れ込む西成とは対照的だ。そうした中で準備をする。


デモから帰ってきたところでコーヒーを提供 (2003.4.9)

デモから帰ってきて解散(デモ参加者にタバコが配られる)したあとに,コーヒーを配ることにした。この日も前日同様Nさんと一緒だ。300杯ほどのコーヒーを配る中,ここでも多くの感謝の言葉と笑顔に接することができたのは幸いであった。この日会った人の中には,前日西成で見た顔も含まれていた。デモの動員のためバスで移動している人もいれば,仕事を求めて1時間ほどかけて歩いてきたという人もいた。そうした人たちとの対話の中から,彼らの置かれている情況の一端をうかがい知ることができた。

(2003.4.17, 9.3)

参考

Mr. Lee 「地面師」と闘う

「復興の街で145回目のコンサート 神戸の男性、被災者とアーティストの懸け橋に
阪神大震災から5年 2000年1月10日朝刊分 産経新聞神戸版

資料

参考までに,2003年4月6日実施分の呼びかけを転載します。随時行っていますので,ご関心を主千下さった方は,下記までご連絡下さい。

「SOS人(ホームレス)たちへ カップ麺と友愛など、出前の会」
実行のお知らせ

 ホームレスの人々は食事にも窮しています。これは生存の危機であり、経済大国日本に居住する同胞の一人として座視できない、切実な問題です。この会は、住民大衆ができる範囲で支援したいとの思いから発しています。社会的弱者であるSOS人との直接的な交流や支援を深めることに意義があります。

 この会は、阪神大震災でほとんどを失い、どん底にある村長(李得実)でもできるもので、少しの善意があれば簡単に誰でもができることのサンプルと証明でもあるのです。ささやかなことではありますが、両者(SOS人と住民たち)に先鞭を付け勇気を与える、価値あるものです。また善意の直接手渡し主義は、悪用や不正の介在する余地がない、理想的なものです。

 カップ麺であれぱ、湯さえ注げばどこでも簡単に食事が提供できます。数食から〜数十食〜数百食へと、誰もが参加できて、その各自が無理せずに、できる範囲内で、SOS人たちへ簡便に食事提供が可能です。

 たくさんのSOS人がホームレス化している中にあって、その現場まで出向き、同食し友愛などを提供することは、彼らの尊厳を見いだす意義あることです。参加者自身も、SOS人との善意による交流と対話などにより、高級な一流大学でも学ぶことのできない、貴重な社会の表裏や人間についても自然に学べ、社会参加と社会実践の第一歩にもなります。そのうえ、言い知れない充実感ももたらされます。

 当村は、発足当時(約18年前)より、政治や宗教など一切の「ひも付き」やバックもない、善意と人道愛から発したボランティアです。このささやかな行為が、SOS人への支えとなり、自殺多発を回避し、生への千応えと喜びを獲得するものであり、まさに地元益、ひいては「不幸自殺大国」を回避する国益などに、必ずやつながることと確信します。

 SOS人(ホームレスたち)が減少するまで、継続の予定です。

【場所】大阪市内で行ないます。
 河川敷、公園、駅周辺などのSOSの人々が居住する場所付近で行ないますので、その場、その時の成り行きで、移動すると思います。村長(李得実)の携帯電話までご連絡下されば、その時の行動が判ります。

【日時】4月6日(日) 昼頃から7時頃までの予定です。
 天候や諸条件などにより、変更もありますのでご理解を(悪天候時は順延)。

 出前の器材(プロパンガス・コンロ・簡易テーブル・手押し車)と数十食分のカップ麺は、村長の自費で用意し、水は現地で調達します。善意の飛び入り参加大歓迎です。一食でも一人の善意が増えればなお嬉しい。みんなが泣いて喜ぶはずです。

 ハンドマイクなどでSOS人に呼びかけて、善意の輪の中に入ってもらう、そして、SOS人と大衆との交流と友愛が、その場で広がりはじめる、そのような会にしたいと思います。将来的には、「人間復興コンサート」をあわせて行ないたいと思っています。

 当村(「震災の復興と支援の村」)は、過去すでに、素人ながら、計150回の『復興ボランティアコンサート』を、震災被災地や大阪西成、釜ヶ崎の三角公園などで、すべて無料で「ひも付き」なしで実施しており、それなりの効果と実績の数々を積み上げて、社会へも発信し続けています。

 この会もその延長線上にあります。差別や偏見などをかなぐり捨てて、和気あいあいと、生の喜びの回復として、やりたいものです。これを参考にして、「ひも付き」や組織などを頼ることなく、白分を頼りにして、全国各地で同じような、住民が主体的に率先した、善意と人道愛のボランティア行為群が起こることを、心より期待しています。

 そして何よりも、「不幸ホームレス自殺大国」から「幸福大国」へと脱皮することを、最人の目標としています。

震災の復興と支援の村/地球村
代表・村長 李 得実(村田 実) ケイタイ:090-6603-8200

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2003/04/04

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